女性の昇進を阻む56の壁
私が日本でFloraを創業してから、5年が経ちました。そのうち消費者向け事業に5年、法人向け事業には3年あまりを費やしてきましたが、今日お話ししたいのは、後者の法人向け事業のほうです。
我々Floraはこれまで、大企業から中小企業、地方銀行、スポーツ協会、ときには自治体まで、さまざまな組織にプラットフォームを導入していただきました。提案の切り口も、相手によって変えてきました。あるときはヘルスケアサービスとして、あるときは医療費削減の仕組みとして、またあるときは行政の認定取得の手段として、あるいは従業員エンゲージメントや定着率の向上策として、女性採用を増やすための施策として、政策目標やKPIに合わせて、いくつもの角度から提案してきたのです。
訪問先では、以前ほど頻繁ではないにせよ、今なお「女性だけを対象にすること」そのものへの根強い懐疑に出会うことがあります。別の場では、人事部門や他部署が身構え、「うちの制度はジェンダーニュートラルだ。仮に結果に差が出るとしても、それは純粋に実力によるものだ」と主張されます。さらには、「日本で女性管理職が少ないのは一時的な問題にすぎず、今の世代が上の役職に上がっていけば自然に解消する」と言われることもあります。
私が(悪い意味で)強く驚かされるのは、これほど深刻な問題であるにもかかわらず(高齢化する労働力、深刻な人手不足、低い出生率を考えればなおさら)意思決定に関わる人々(経営者、CHRO、政治家、人事担当者など)の側に、なぜこれほど多くの女性が管理職にならないのか、そもそもなりたいと思わないのか、それがなぜ実際に問題なのか、多様な人材のメリットは何なのか、といった点についての、データと包括的な理解が決定的に欠けていることです。
多くの人事担当者は、職場における「ジェンダーニュートラル」と「実力主義」という建前を守ることを、自らの仕事だと考えています。しかし、自分たちが語っているのが、実のところ感情や情緒の言葉であることには気づいていません。そして残念ながら、ジェンダーギャップに取り組む多くのベンチャーやコンサルタント、活動家もまた、似たような「倫理」と「感情」の言葉を使っているのが実情です。データを語る人はごくわずかで、両極にただ騒音ばかりが多いのです。
私は、この議論のしかたそのものを設計し直す必要があると考えています。多くの関係者が共通言語として使える、明確でデータに基づいたフレームワークがあれば、議論は現場の本当の問題を特定し、その解決に集中できると思います。本稿は、まさにそのための提案です。
女性の健康に関するデータと、仕事のパフォーマンスに関するデータを、Floraほど大量に併せ持っている企業は、世界的に見てもほとんどありません。当社は150社、のべ20万人を超える従業員、しかも複数年にわたるデータセットを作ってきました。そのビッグデータをもとに、当社の高田COO率いる私たちのチームは、日本のあらゆる職場に当てはめられると考える、かなり包括的なモデルを構築しました。女性社員とリーダーシップのあいだに立ちはだかる56の障壁にちなんで、「56の壁」モデルと名づけています。重要なのは、このモデルが印象論ではなくデータに基づいている点です。のちほど具体例を用いて説明しますが、これらのサンプルの企業では、性格・年齢・勤続年数といった条件を揃えてもなお、構造的な格差が消えずに残り続ける様子を、はっきりと観察できます。
モデルの説明に入る前に、前提をはっきりさせておきたいと思います。日本の(そして言ってしまえば世界中の、ただし今日は主に日本に焦点を当てます)職場は、ある架空の「標準的な従業員」を中心に設計されてきました。すなわち、家庭を守ってくれるパートナーがいるからこそ、いつでも長時間働ける、一家の稼ぎ手たる男性です[1]。この「標準」は、ほとんどの女性に当てはまりません。そして近年では、男性にとっても当てはまらなくなりつつあります。
日本でも最近、男性の育児休業の取得促進、介護支援、ダイバーシティ研修といった取り組みが浸透していますが、その多くは「気づき」や「リテラシー」の段階で止まってしまっています。人事評価、昇進基準、業務分担の制度といったキャリアを実際に左右する人事の仕組みの核心は、ほとんど変わっていません。なぜこうしたことが繰り返されるのか。それ自体がデータの問題なのですが、これについては別の投稿で考えたいと思います。
上記が前提です。人事制度は、この「標準」を中心につくられてきました。「56の壁」モデルは、その制度がそれ以外のすべての人を、どこで、どのように取りこぼしているのかを描き出します。
モデル
軸① 壁の「種類」
「56の壁」モデルは、これらの障壁を二つの軸で整理します。一つは6つのディメンション(種類):それがどんな種類の壁なのか。もう一つは3つのキャリア段階:それがいつ最も重くのしかかるのか、です。
まずは種類のほうから見ていきましょう。
最初に目を引くのは、「外的」と「内的」の区分です。外的とは、組織の側の問題:制度・ルール・文化のあり方を指します。内的とは、個人の内側に現れるものー本人の自信、健康、そして「自分には何ができるのか」という感覚に関わるものです。図に示したとおり、56の壁のうち44、つまり79%が外的な壁であり、内的な壁はわずか21%にすぎません。
ロールモデル・セミナー、自信を高めるワークショップ、不妊治療の福利厚生などといったジェンダーギャップ解消のための施策の多くは、この21%、すなわち内的な壁に向けられています。もちろん、これらが重要な課題であることは間違いありません。しかしそれでは、残る大半の障壁が手つかずのまま放置されてしまうのです。
では、6つのディメンションそのものを見ていきましょう。
規範(The Norms):23の壁、41% は、群を抜いて最も厚い層です。どの組織にも存在しながら、どんな規程にも書かれていない、偏見や規範、暗黙の期待のことを指します。誤解のないように申し添えると、ここで言う「規範」は狭い意味でのもの、人事部門が手を入れられる、会社の中の暗黙のルールに限っています。
たとえば、子どもを持つ女性が「配慮」から負荷の高いプロジェクトに任命されない。しかしその結果、彼女は次の昇進に必要なまさにその経験を奪われてしまうのです。議事録の作成、新人のオンボーディング、職場の雑務、こうした「見えない仕事」は女性に偏って割り振られがちでありながら[2]、人事評価には部分的にしか反映されません。
そしてもちろん、見逃せない要因があります。仕事の外でも、日本の女性は家事・ケア労働に、男性のおよそ5倍もの時間を使っていて、OECD諸国の中で最も大きな男女の差です[3]。性別による家事分担の是正は人事部門の仕事ではない、という意見もあるでしょうし、その点は一部認めざるを得ません。それでも、男性社員の育児休業取得を促すような施策は、ここに目に見える変化をもたらしうると思います。
制度(The System):11の壁 は、評価基準、労働時間、昇進のタイミングといった、明文化されたルールを指します。
今なお、人事評価は長時間労働と、いつでも働けることを高く評価しがちです。多くの企業で昇進が決まるのは35歳前後で、ちょうど女性が出産を迎える時期と重なり、育児休業の制度はあっても、それを使えば昇進への悪影響がいまだに出ます。復帰後は「マミートラック」に乗せられ、管理職にならないキャリアとなります。産休・育休をめぐる空気は変わりつつあり、多くの女性が職場に復帰するようになって、いわゆるM字カーブもかなり緩やかになりました[4]。しかし、女性を取り巻く制度のほうは、ほとんど変わっていないのです。
当社がサポートしている地方銀行(従業員約2,000人)では、意外な発見の一つがありました。人事部で溜まったデータを解析したところ、管理職にたどり着いた約60人の女性のうち、産休・育休を取得した人は一人もいなかったと分かりました。
「うちの制度はジェンダーニュートラルで、結果は純粋に実力次第だ」。これは最もよく耳にする反論ですが、これはたいていデータの裏付けがありません。別の会社では、女性の人事評価は男性と同等か、わずかに高かったにもかかわらず、30の性格特性・年齢・勤続年数を揃えて比較してもなお、女性は等級にしておよそ4〜5ランク、月収にして約15万円も低いポジションにいました。
残念ながら、制度そのものに歪みがあるということは、「ジェンダーギャップは世代交代で自然に解消する」という見方が、あまりに楽観的であることを意味します。制度をどう正すかを学ばないかぎり、状況はほとんど変わらないでしょう。
身体への負荷(The Body Tax):9の壁 は、男性の身体を「デフォルト」とする制度の中で働くために支払わされるコストのことです。月経に伴う不調、妊娠、産後の回復、更年期等は職場でほとんど考慮されていません。当社がベンチマークした別の会社さんでは、女性正社員の長期病気休職の割合は男性の2.5倍、30代に限れば3.7倍にものぼりました。その負担は、ちょうど出産とキャリア形成が重なる時期に最も重くのしかかります。
更年期の症状が原因で離職した日本の女性は、推定で46万人にのぼります[5]。更年期は、女性がシニアリーダーへと踏み出そうとしている時期に訪れます。不妊治療は、予測のつかないスケジュールと頻繁な通院を必要としますが、上司に説明して相談することがリスカだと思う女性が多く、彼女らは黙ったまま一人で悩みを抱え込んだり、バーンアウトして辞めてしまったりします、。女性の約62%が何らかの婦人科系の不調を抱えているにもかかわらず[6]、多くの企業の定期検診で、婦人科検診は任意扱いのままです。さらに、細胞レベルでの生物学的な性差を示す研究が積み重なっているにもかかわらず[7]、多くの職場の健康施策は依然として「フリーサイズ(誰にでも同じ)」の発想で組み立てられています。女性はもちろん、男性更年期(LOH症候群)や前立腺がんといった課題を抱える男性についても、性別に固有のニーズが見落とされているのです。
ネットワーク(The Network):6の壁 は、誰が情報や人間関係にアクセスできるか、に関わる壁です。こうした人脈づくりは、しばしば喫煙所やゴルフ場、あるいは仕事終わりの飲み会で行われます。家庭を持つ女性にとって、毎週末のゴルフや飲み会は、昇進の機会と家庭とのあいだのトレードオフになってしまいます。
以前、中国地方のある小規模な銀行で、一人の女性社員と率直に語り合ったときのことを、よく覚えています。キャリアの希望を尋ねた時に、こう言われました。支店長になるには毎週末ゴルフをしなければならない、けれど自分にとってそれは、母親であることと両立できないのだ、と。
環境(The Environment):4の壁 は、最も物理的な層です。今なお、現場に女性用トイレがなく、近くのコンビニまで行かざるを得ない建設会社が存在します。工業現場の保護具は、伝統的に男性サイズの手・頭・足に合わせて設計されてきたため[1]、女性には体に合わない装備しか与えられないことも少なくありません。これは、業界がようやく取り組み始めたばかりの、安全上の問題です。
自信の罠(The Confidence Trap):3の壁 は、心理的な障壁のことです。インポスター症候群、野心のギャップ、そしてキャリアを通じて積み重なっていく、内面化された自己不信などです。シニアポジションに就いた女性は、自分の能力で成功したという自信がないとよく言います。また長期的なデータは、出発点では同レベルだった昇進意欲が、時間とともに低下していくことを示しています[8]。56のうち3つと、これはモデルの中で最も小さなカテゴリーです。
軸② 壁の「時期」
二つ目の軸は、タイミングです。56の壁が、すべて同じキャリア段階で立ちはだかるわけではありません。そこで我々は、確立されたキャリア発達研究を土台に[9]、それらを3つの段階に位置づけました。なお、そのうち36の壁は、すべての段階に共通して存在します。
ドリーマー(第I段階) は、キャリアの初期です。野心に満ち、努力すれば男女とも等しく報われると信じている時期です。この段階に固有の壁は3つですが、全段階に共通する36と合わせると、初日の時点ですでに39の障壁が立ちはだかっていることになります。
サバイバー(第II段階) は、モデルが一気に重みを増す段階です。この段階に固有の13の壁が、共通する36の上に積み重なり、合計49になります。昇進のタイミングが、妊娠・育児、ときには不妊治療と重複する、キャリアの中盤です。離職する女性の多くは、ここで去っていきます。
リインベンター(第III段階) は、シニアリーダーシップの段階です。この段階に固有の4つの壁が加わり、合計は40になります。ここでは、壁の性質そのものが変わります。例えば、「ダブルバインド(板挟み)」の現象:決断力を見せれば「攻撃的だ」と受け取られかねず、協調的に振る舞えば「権威に欠ける」と見なされかねない[10]。さらにこの段階は、多くの女性にとって、更年期前後と重なります。つまり、職業上の要求がピークに達する時期と、大きな身体的変化とが、ちょうど重なり合う時期です。
では、どう使うのか
さて、このフレームワークをどう使えば良いのか。経営において、フレームワークが意思決定の際に役立たなければ意味がない。単なる研究のためのツールにしかなりません。
「56の壁」モデルの使い方は、第一に「診断」です。どの企業にも同じ壁があると決まっているのではなく、どのような壁が実際の組織に存在しているのかを見極めることが目的です。第二に「評価」です。それぞれの壁がどれほど高く、何人の女性に影響を及ぼしているのかを測ること。第三に「ベンチマーク」です。同じ業種・規模の他社と比べて、自社がどこに位置しているのかを把握できること。そして第四に「優先順位づけ」です。56の壁を一度にすべて取り壊せる人・組織はいません。だからこそ、どの壁が最も大きな悪影響をもたらしていて、どこから手をつけるべきなのかを、データを活用し優先順位をつけていきます。
弊社の場合、既に150社を超えるデータがあることで、このモデルは現状を把握するだけのものではなくなり、起こせるインパクトを予測することができます。ある施策が、企業がKPIとして掲げている数字(定着率、意欲、エンゲージメント、あるいは女性管理職比率そのもの)をどう動かすのかを、シミュレーションできるようになります。施策をとりあえず打ち出して、うまくいくことをただ祈るのではなく、一円も使う前に、その効果を予測しコスパの判断ができます。それこそがFloraが築こうとしているものであり、モデルを実データで満たし、現場に当てはめていくことが、最も難しく、そして最も重要な部分だと思います。
まとめ
56壁のモデルは、決して単純ではありません。けれど、単純であってはならないとも思っています。女性とリーダーシップという問題は、ヘルスケア、文化的規範、インフラ等が複雑に絡み合うものであり、4×4のマトリクスに押し込められるようなものではないからです。
本稿から読者のみなさんに持ち帰っていただきたい要点は、次の3つです。
- もし御社のダイバーシティ戦略が、研修と「リテラシー」、「気づき」だけなら、それは問題の21%に取り組んでいるにすぎません。 残りの79%は、制度に、慣習に、インフラの中にあり、手つかずのまま残されています。
- 自社の女性管理職比率は、おそらくご存じでしょう。では、なぜ社員が昇進しないのか、あるいは昇進したいと思わないのか、その理由はご存じですか。 他の部門と同じで、人事の施策も感覚や慣習に基づくべきではありません。データを活かして無駄を減らし、採用を強化し、生産性を高め、すべての従業員の力を引き出すためのものであるべきです。この発想がなければ、どんな施策も、ただの当て推量にすぎません。
- 最大の人材流出は、トップで起きているのではありません。最初の昇進で起きています。 『ガラスの天井』より、『折れた踏み段』のイメージの方が当てはまると思います。下層や若手には女性が大勢いるのに、中間で一段が壊れており、結局ごく一握りしかトップに届きません。女性役員を探し始める頃には、キャリアのパイプラインはすでに空っぽです。
「標準的な従業員」は、つくられたものでした。そして、つくられたものである以上、つくり直すこともできます。企業が自社の壁をはっきりと見られるようにし、そして一つずつ、それを取り壊していくサポートをすることが私たちがFloraで取り組んでいる仕事です。
もし本稿を読んで、「自分の組織には、どんな壁が立ちはだかっているのだろう」と気になった方がいらっしゃれば、ぜひanna@floramaternity.com まで直接ご連絡ください。 よろしくお願いいたします。
参考文献
- Criado Perez, C. (2019). Invisible Women: Exposing Data Bias in a World Designed for Men. Chatto & Windus.
- McKinsey & Company & LeanIn.Org (2015-2024). Women in the Workplace. Annual report series.
- OECD (2021). Balancing Paid Work, Unpaid Work and Leisure. OECD Gender Data Portal.
- Cabinet Office, Government of Japan (2023). White Paper on Gender Equality 2023 [男女共同参画白書].
- NHK (2021). 更年期症状と仕事に関する調査 [Survey on Menopausal Symptoms and Work].
- Global Burden of Disease Study (2021). Global prevalence and trends of gynecological diseases among women of childbearing age, 1990–2021. PLOS One.
- Clayton, J. A., & Collins, F. S. (2014). Policy: NIH to balance sex in cell and animal studies. Nature, 509(7500), 282–283.
- BCG (2017). Dispelling the Myths of the Gender "Ambition Gap." Boston Consulting Group.
- O'Neil, D. A., & Bilimoria, D. (2005). Women's Career Development Phases: Idealism, Endurance, and Reinvention. Career Development International, 10(3), 168-193.
- Eagly, A. H., & Carli, L. L. (2007). Through the Labyrinth: The Truth About How Women Become Leaders. Harvard Business School Press.